インディーズ・ポップスユニットm7のプロデューサーMarkのblogです
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ライフログに関する疑問---人類の退化ではないのか?
ライフログといってもこのようなブログもその一つだし、twitterだってそうだ。ただ自分の書きたいペースで書いてる分には道具の一つだ。
だが、自動記録とか完全記録(トータル・リコール)だのは行き過ぎではないだろうか?
人間の脳を記憶というものから解放する、なんて説明もあるが、長期記憶から解放された大脳皮質はどうなるのか?それを別のことに使えればまさに人類の進化にほかならないが、外部メモリに記憶を移した脳は、記憶を使わなくなるだけではないのか?

例えば産業革命後の機械文明によって、人類は重労働から解放された。その結果どうなっているかというと、現代人は健康維持の為に作為的に走ったり、ジムに行ったりしなければならなくなってきている。もちろん、機械文明によってもたらされる恩恵にどっぷり浸かっている自分のライフスタイルは、なかなか変えられない。だから、便利さの代償としてのトレーニングは甘んじて受け入れるしかない。だが、それと同じことが脳で起こるとすれば、僕はご免だ。

歳をとると物忘れが激しくなる。だが、例えば「えー、あの人、誰だっけ…」となったときは、できるだけ何も見ず誰にも聞かずに自分で思い出すまでトライするのが脳にとってはいいらしい。そこでほころんだシナプスが繋がるのである。ということは、「えーと、あれは…」と思ったらすぐライフログを頼る、という生活をしだすと、もっともっと早く人類はボケてしまうのではないだろうか?
短中期記憶は海馬に取り込まれ、そのうち重要な記憶だけが大脳皮質に書き込まれ、長期記憶となるらしい。ライフログを使いだすと、この長期記憶というものが人間の脳から失われるのではないか?つまり、ライフログを見た時は思い出した気になっても、それは長期記憶を呼び覚まして本当に思い出したわけではなく、新たに海馬に書き込まれた情報で、それが脳内に保存されることはなくなってしまうのではないだろうか?

倫理的な観点から、ライフログに対して警鐘も鳴らされているようだ。機械的に記憶してしまうと、忘却という概念がなくなってしまう。だがニーチェが指摘しているように、忘却は人間を歴史から解放するのである。忘れることが、許すことにつながる。忘れなければ、人間は過失を許さないのである。

憶えることと忘れること、この2つを人類が失ったらどうなるのか?もはや人間ではなくなってしまうのではないか、とすら思うのだ。

だから僕はEvernoteを使う気になれないのである。iPhoneを手にしたときに真っ先にダウンロードしたものの、結局一度も使っていない。自分のライフスタイルからして、使うシーンが思い浮かばなかったからだ。ライフログの観点からもそうだし、情報整理術という意味でもそうだ。
僕の中では、情報整理術といえば「いかに情報を捨てるか」ということだ。この作業を経ることによって、情報は自分の個性というバイアスがしっかりかかり脳内に蓄積される。今日び再び元ネタにアクセスしたければいくらでもできる。だから、とりあえず何でもかんでもクリップするというEvernoteは僕のスタイルに合わない、と思ったわけだ。

いろいろ書いてきたが、毎日1時間頭の体操をしないと人間が記憶を失ってしまう未来、なんて来て欲しくはないものだ。
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by Mark@m7|ReTweet by Kenpapa9 | 2011-01-18 19:49 | 雑談
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