インディーズ・ポップスユニットm7のプロデューサーMarkのblogです
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1993シドニー・Paul McCartneyライブレポート2
1993年にアップしたレポートの続きです。

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コンコースに全員が集合した。そこにはオーストラリアEMIの人間が数人待っていた。
「ポールが皆さんに会いたいと言っています。」
開演30分前。会う時間などあるのだろうか?
「時間がありませんので、急いで!」
それからどうやって辿り着いたのかはよく憶えていない。気がつくとバックステージの通路に我々は並んでいた。
「いやぁ、どきどきしますねぇ。」
隣にいる林哲司さんと言葉を交わす。
入る前に女性のマネージャーに注意される。
「サインは駄目です。それから、写真も駄目」
え〜〜!と一同ブーイング。
「それから、ビートルズ再結成関係の質問は受け付けません。では」
我々は奥の部屋に通される。そのとき、狭い通路でツアー・ミュージシャン達とすれちがった。
「あ、あのコーラスのコ、東京にも来ていたね!」

通された部屋は、かなり広い部屋をカーテンで仕切ってあった。着替え部屋だろうか?真っ赤な絨毯が敷詰められていた。
段取りの確認が始まった。まず、東芝の石坂さん(当時)が、記念品を贈呈する。そして握手会、で、スタッフの粘り強い交渉が実を結び、オフィシャルカメラマンによる集合写真撮影が盛り込まれた。しかし、ポールは中々現われない。

8時45分、もう開演まで時間がない。このままでは握手会もなくなりそうだ。
「写真を撮って、終りにして下さい」
案の定マネージャーから注文が出た。
別のスタッフは、会見が終わってからいかにして席に戻るか、ルートの確認をしている。会見もしたいが、コンサートも見逃すわけにはいかない。

そこにポール登場。入って来ると思っていた全く逆の方向から現われた。それまでは「インダビューできないの?話が違うよ」と言っていた新聞記者も、「写真がないと話にならないよ」と言っていた雑誌の人も、いきなりファン乗りに変わる。
ポールは、全く想像通りのポールだった。「皆さんいらっしゃい!」と明るくオーバーなアクションで迎えてくれた。若い。とても50才とは思えない。舞い上がって、禁止されていた握手を一人が求めると、あとはもう全員が殺到である。マネージャーも少々あきれ顔だ。

写真撮影を終えると、それじゃぁ!(しゅたっ!)と去っていくポール。ドアが開くと外にはリンダが待っていた。「おー、リンダだ」とても業界人の集まりとは思えない。
しかしその写真、私はいまだに受け取っていない。少々心配である。
ストーンズが来日したとき、私はパーティーでキースに肩組んでもらって写真を撮ってもらった。しかし、いまだにその写真は受け取っていないのである。
(ポールとの写真は後日ちゃんと受け取りました。僕の宝物です。でもキースとの写真は結局もらえず仕舞。ソニーめ!)

嵐の様な会見だった。が、余韻に浸っている間もなく、我々は急いで席に戻らなければならない。すでにオープニングのビデオ上映は始まっていたのである。

オープニングのVTRはちゃんと見ることができなかった。何としてもポールが出てくる前に席に戻らなければならない。急いでいた。しかし、ちらっと見た感じでは、前回のドームで流したものとほぼ同じだったようだ。
席につく直前に、ズドン!と音が決まった。慌ててステージの方を振り返るとスクリーンに「NOW」と大きく出ていた。これも前回と同じだ。
スクリーンはステージ両端に縦長のものが2つと、ステージのバック、ホリゾント部分に3つのスクリーンを横に並べて一体化したものが配置されていた。
席につくといきなり懐かしい曲のイントロが流れた。

つづく

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by Mark@m7|ReTweet by Kenpapa9 | 2016-11-05 20:33 | 音楽・カルチャー全般
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