インディーズ・ポップスユニットm7のプロデューサーMarkのblogです
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Apple30年ですかぁ。おめでたい。
Excite コンピューターニュース : アップル社30周年、インターフェースの歴史を振り返る

という記事にあやかって、某他人のブログへのコメントで火がついた自分のMac史をちょっとまとめておこうかなぁと思う。



I.Mac以前
僕が初めて買ったパソコンは、YAMAHAのMSX。音楽のために。そう、それまではRolandのMC-8という120万円もするシーケンサーを買わないとシンセの自動演奏ができなかったんだけど、このMSXってのはゲームパソコンとも揶揄される8ビットのマシンで、非常に安価だったのです。テレビにつなげられるという手軽感もよかった。そしてYAMAHAが、FM音源ユニットを内蔵(取り外し可)して音楽用MSXとして世に送り出したCXに飛びつきました。名機DX7譲りのFM音源アルゴリズム、非常に使いにくい譜面インターフェイスながらマルチトラックのシーケンサー、そして、カシオペアの神保彰の音をサンプリングしたといわれているPCM音源リズムマシンRX11/15のリズムパターンを編集出来るRXエディター。データが重くなるとテンポが狂うという致命的な欠陥というか、8ビットの限界を持ってはいたがそこはタスカムのマルチトラッカー(オープンリール!)と併用して、それまでと全く違う音楽の世界が作れることに熱中していたなぁ。
ただ、MSXもパソコンなんで、確かにゲームもやってたけどいろいろ使わないと損、と思ってワープロソフト入れてみたり。で、1200ボーのモデムを買ってパソコン通信なんつーものを始めてみて急激にいろんな情報が入ってくるようになった。そうなるとやはり8ビットパソコンの致命的な欠陥を克服するために16ビットパソコンをどうしても導入したくなった。というわけで、中古で激安のPC9801Eを購入。ただDOSベースのシーケンサーソフトにはなじめなかったなぁ。MSXの場合はソフトはカートリッジで提供されるので、すべてマウスで操作できていたのだけれど、98は基本的にビジネスマシン。その後98NOTEを買うも、今のようにトラックボールやトラックパッドがあるでもなく、基本的に一太郎を使うマシンとなってしまったのです。
で、パソ通で知り合ったAnz!センセの強い勧めもあって、Macに手を出すこととなるのです。

II.Mac歴
1990年だか91年、当時「パソコン界のポルシェ」と言われた最高級機Macintosh IIfx(なんてったって浮動小数点コプロセッサ搭載ですよ!)を所有していたAnz!センセの勧めで初めてのMacを購入。当時新発売のLCにしようかとも思ったけど、拡張性重視でIIsi発売で安くなったIIcxを千駄ヶ谷のショップで購入。漢字トーク6.0.4。Mac専門店だったけど当時のインチキぶりを表すエピソードとして、50ぐらいのソフトをHDにおまけでインストールしてくれました(^^;)。3DソフトからStudio32、Mac Write II、EG Bridge+EG Word、シーケンサーは何だったっけな?Encoreだったっけな?
何と言っても1677万色のフルカラーとGUIの素晴らしさに感動。これはクリエイターのパソコンだわ。当時はDOSがメインでWINDOWSが全く使い物にならない3.xの時代だったので、この環境は唯一無二だったわけです。ファイルがフォルダに入れられて整理され、削除したいファイルはゴミ箱に入れて(おいおい、どっかで見た光景だな!)、入れると音がしてゴミ箱が太る!こんな楽しいパソコンがあったのか!ってなもんですよ。
シーケンサーは、すぐにEZ-Visionにハマりました。今では当たり前になった「ピアノロール」というインターフェースが実に直感的だったもので。これは現在メインで使用しているCubaseにも受け継がれておりますね。
ところが翌年だか翌々年だかにQuadra700発売。何とIIcxからアップグレードできるということになっておったので相当そそられましたが、実は別の散財でそれどころではなかったのですな。それは、初代PowerBook100!(今でも目の前にありますです)これは日本発売より早く、NYに仕事で行ったときに手に入れました。ラップクラッシャーと言われたPortableは、仕事でスタンリー・クラークのリハにおじゃましたときにマネージャーが使っているのを見てヨダレが出ましたが高すぎるのと重すぎるのとでグッとガマンしておりましたが、これでようやくMacを外に持ち出せる!センター手前にトラックボールを配し、パームレストに面積を費やすという革新的デザイン(これも今では当たり前)で話題になりました。
これで僕のMacは2台になりました。しかしながら、これがどんどんどんどん増殖していくとは、このときは知る由もなかったのです。

(力尽きました。つづく…)
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by Mark@m7|ReTweet by kenpapa9 | 2006-03-30 03:07 | 雑談
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