インディーズ・ポップスユニットm7のプロデューサーMarkのblogです
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生命力
livedoor ニュース - 仕事中はうつ 会社の外では元気 「新型うつ病」大流行の裏側

心の病については軽々に語れませんが…
自分を責めるのではなく、身近な人間や社会に対して攻撃的な態度になり、休職したとしても会社や同僚にかける迷惑などあまり感じない
というのを見ると、何かこのインターネットの中に蔓延している風潮みたいなものを感じざるを得ません。
すなわち「自分がこうなったのは、自分のせいではない。社会のせいだ、会社のせいだ、マスコミのせいだ、世の中のせいだ」という風潮です。それでいて他人事になると声高に「自己責任」などと言ってみたりする。僕自身は自己責任はある程度肯定しますが、他者のせいにするのは肯定できません。

これは何でしょう?教育がいけなかったのでしょうか?橋本大阪府知事がエキセントリックな言動で日教組批判をしておられますが、1995年までは日教組は反体制であり、左翼の急先鋒であったわけです。すなわち「今の政府はダメだ、だから社会がダメなんだ」という底流が教育の現場にあったような気がします。
僕自身は中学の時に、中学生の僕に数学の問題の解を求める考え方を「個人的に」聞いてきた先生がいて、「こうやって解けばいいんですよ」と教えて以来、教師というものを全く信用しなくなったので(それは大学に入り教育学部の学生の友人たちを見て確信に変わりました)、教師が言うところのイデオロギーめいたものにはまるで影響を受けなかったわけですが、そうでない人の方が多かったでしょう。

こういうバックグラウンドが心の病に影響があるのかどうかはわかりません。でも「世の中のせいにする」という風潮がこうした背景に多少なりとも影響を受けているような気はします。

最近「生命力」ということをよく考えます。生命力の強い人、弱い人、それはどの時代にも均等にいたわけだけれども、医療の進歩で生命力が弱い人がどんどん生きられるようになっています。一昔前なら生きられなかった子供がちゃんと成長し、老人の寿命も延びている。もちろん、そういう医療の進歩は人類の勝ち取ったものであり、それを否定する気はさらさらないのですが、問題は生命力の弱い人がたくさんいる状況を社会が想定していなかった、ということはないでしょうか。
勝ち組負け組、格差社会、なんてことを言いますが、この格差ってのは昔で言う階級とはちょっと違うのではないか、と思います。昔はどの階級にも生命力の強い人だけが生き残っていた…つまり、今の社会は今まで人類が経験していない領域に突入していると言うことです。
自然に抗う、という意味では文明であり文化であるわけだけれども、エコとかロハスとかっていうのはこれまた文明に真っ向から抗っているわけだし、なんだか難しい世の中になってきました。

病を抱えた人も社会の一員と看做す、ということなのであれば、もっと病に悩んでいる人に手厚い福祉を施す世の中でなければなりません。それは心の病も同様でしょう。かように矛盾だらけの世の中、ということです。
でも、それでも社会のせいにしてはいけません。どんな人でも社会によって生かされている部分もあり、反面厳しい社会とどう折り合いを付けて生きていくかを悩みながら暮らしているわけですから。

生命力というのは、自分というものをきちんと持てるか、ということなのではないか、と考える今日この頃です。
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by Mark@m7|ReTweet by kenpapa9 | 2008-11-30 04:38 | 雑談
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