インディーズ・ポップスユニットm7のプロデューサーMarkのblogです
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by Mark@m7|ReTweet
自粛とは何か? ちょっと考えてみた
NYタイムズ「日本には自粛という強迫観念がまん延」 - エキサイトニュース

震災を受けて自粛ムードがまん延している。東京都のトップまで花見自粛なんてことを言ってますます拍車がかかっている。だが、上記の記事ではさすがアメリカ!自粛と節電をごっちゃにしている。だが日本でもごっちゃになっている人がたくさんいるのではないのだろうか?
ムードとしての自粛、つまり日本人のメンタリティに根ざす自粛と、電力供給という物理的な問題から来る節電とを明確に分けて考えた方がいろいろと整理できるのではないだろうか?

まずはムードとしての自粛。皆何となく思っているのは、いつまで自粛しなきゃなんないの?ということだろう。このムードの源となっている日本人のメンタリティとは何か?これは、喪に服すということだろう。黙祷を捧げるのは法要である。3/11から、現在は忌中なのである。忌中は、祭礼・行事への参加、神社へのお参り、結婚式・祝賀会などの祝い事の主催・出席、行楽・旅行、家の新築・増改築・大きな買い物、等のハレことを控える、ということだ。49日を過ぎると、忌明けとなり、日常生活を送ってもいいということになる。ちょうど4/29の昭和の日、つまりGW突入が忌明けとなるようだ。忌明けから一周忌までが服喪期間ということになるが、これは本人の気分次第のようだ。ハレの行事も、悲しみを乗り越えていればOKのようだ(いろいろ説があるが、神社本庁によるとこういうことらしい)。

そう考えると、ハレの席としての花見でドンチャン騒ぎ、というのは確かに控えた方がいいのかもしれない。だが、何もかもダメというわけではなく、お通夜でも葬式でも法要でも日本人は酒を飲むのである。こういう整理をすると、なんとなく自分がどう振る舞えば良いのか見えて来た。
だが、個人的にどう思うのか、というのと、東京都のトップがそう言うのでは全然違う。ただでさえ大打撃の飲食業会が一層打撃を受けるような物言いは避けるべきだったのではないか、と思う。行政のトップとして、経済をシュリンクさせてどうするんだろう?もっとちゃんと、きめ細かく説明して欲しかった(ま、このあたりは猪瀬さんがtwitterで細かくフォローしているようだが。宴会は店でやってくれ、とか)。

一方で、節電という話は全く違う。これはもう長期化するのが目に見えていて、特に夏がしんどいよ、ということがわかっている。現在皆がベーシックに節電しているおかげで計画停電を避けることができているが、夏場のエアコン需要を考えるとどうしても計画停電をもっと厳しくするしかないのだろう。
こうなると、家庭もさることながら、工場も安定的な生産ができなくなる。恐らく、多くの企業で生産拠点を一時的にも西日本にシフトするといったことが今現在考えられているに違いない。今年の夏はきっと日本は大きく西日本に支えてもらわなければならないだろう。頼みます!西日本の方々!

それでも苦しいだろうから引き続き東日本では節電が続く。ライフスタイルを変えるぐらいのつもりで、と言われるとこりゃそうとうなもんだな、と感じる。夜は店開いてない、幹線道路も街頭が消えて真っ暗、ということに慣れなければならない。これは我々にとって、相当なストレスであろうと推測できる。

それでも、東京が元気であることが、東日本の復興には不可欠だと思う。元気であるということは、エネルギーに満ちている、ということだ。電力というエネルギーは欠いているが、人々のバイタリティが損なわれてはならない。その為には娯楽も必要だし、明るく楽しい話題も必要なのだ。節電による日々のストレスを解消する何らかのハレごとが絶対に必要なのである。先日のサッカーのチャリティ・マッチは素晴らしい試合だった。人々の心に感動が残ったはずだ。プロ野球も「開幕時期」ばかり考える前に、ああいったアクションが起こせなかったのかな、と残念でならない。

だから、自粛を批判するだけではなく、一人一人が自粛とは何か?と考えて、自分なりの振る舞い方を考えた方が建設的な気持ちになるのではないか、と僕は思うのだ。
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by Mark@m7|ReTweet by Kenpapa9 | 2011-03-31 20:56 | 雑談
僕もたぶんちょっとおかしい
被災者も、免れた人も、今だからこそして欲しいメンタルケア - エキサイトニュース

3.11の地震を体験し、おさまったところで残ったコーヒーを飲もうとしたとき、自分の手が震えていることに気がついた。その後の非日常と溢れるような情報を体験し、僕の精神も少々ダメージを負っているようだ。イライラしたり、キレやすくなっている。特にいたずらに自分の不安を拡散したり、間違った情報を発信する人を見ると、どうしようもなく腹が立つ。だが冷静に考えると恐らく、日頃極度のポジティブ思考を自認する僕でさえそうなんだから、首都圏に住む多くの人が何らかのストレスを抱えているものと思われる。

東電の当初の隠蔽体質はあったにせよ、それを正す為に政府が東電に合同対策本部を設置してからは、可能な限り正確な情報が公開されていると思う。海外の過剰反応を見るにつけ、お前ら日本にいないで何言ってんだ、と思う。アメリカにしたって、まだ独自の情報収集は出来ていない段階で何言ってんだ、って感じだ。

この一週間、首都東京では非日常が続いた。この非日常のストレスは、かなり大きいものと思われる。民放がバラエティを再開したり、シンディ・ローパーがライブをやったり、というのは日常の一部を取り戻すという意味で、大事なことだと思う。節電のときにパチンコ屋がなんで営業してんだ、なんて意見もあるが、パチンコで日常をかろうじて取り戻している人達にはそれも大切だと思う。「自粛ムード」が人々の精神を追いつめる。節電は物理的に必要なことだが、そこに触れない限り「自粛」ってのはやめた方がいいと思う。今こそエンターテインメントが必要ではないだろうか。
だから、野球もやって欲しい。だが、ドームでナイターってのはアウト。そんなこと政府に言われるまでもないことではないか。甲子園で行われる春のセンバツは、そういう意味ではかなり楽しみだ。娯楽が限られている今、野球が再び復権するかもしれない、と秘かに期待している。何よりも夢中になれるものが必要だ。スポーツは、勝負の行方に集中して観ることができるので、余計なことを考えなくなるのでとても効果的な気がする。被災地の方々に申し訳ない、などと思わない方がいい。計画停電で大混乱する東京もまた、被災地なのだ。僕たちが健全でいることが、巡り巡って東北の被災地の皆さんの為にもなるはずである。

今日、震災後初めて「行きつけの店」に行った。そこには、震災前と変わらない日常があった。非日常の中で日常に出会うと、こんなにほっとするのかと思った。
明日はジムで汗を流そう。そして明後日は、音楽に没頭してみるかな。
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by Mark@m7|ReTweet by kenpapa9 | 2011-03-19 04:14 | 雑談
2011.3.11 僕の記録 その3(最終回)
仕事が終わったのが22時過ぎ。そのときの情報で「銀座線・大江戸線が動いている」と聞いたので、銀座線新橋駅へ。するとどうだ、今まで見たことも無いような光景が。改札の中と外が人で埋め尽くされていて、しかもその誰もが微動だにしない状態。つまり、全く人の流れがないのだ。あとからわかったことだが、銀座線は運転再開直後にまた止まってしまった。これは駅が人をさばききれなくなったから、ということだが、銀座線は元々「アジア初の地下鉄」ということで昭和二年に営業開始した日本最古の地下鉄というだけあって、他の地下鉄に比べて極端に車両が小さい。これはトンネルが小さいからなのだが、どのぐらい小さいかと言うとつり革につかまる人が両側に立つともう通路が確保できないのだ。だから普段でも、一駅停まるとすぐ超満員になってしまう。つまり、前の駅から満杯状態で電車が来て、駅で全く誰も乗れずに出て行ってしまって、ホームから人が溢れる、というようなことで大混乱になり、また止まったらしい。

これはダメだ!と思った僕は、都バスで渋谷に向かうことにした。バス停に並んだのだが、一応22:27分というバスを22:25ぐらいから並んで待ったわけだ。しかし、やはりというか、なかなか来ない。もしこのときiPhoneが生きていたら、迷わず僕は歩いたかもしれないのだが、来る時のGmap GPSの使い過ぎでiPhoneの電池が切れていたのが相当運が悪かった感じだ。結局1時間ほど待ってようやくバスが来たのだが、停留所の手前で止まってエンジン切って運転手が降りてしまった。なんだなんだということになり列に並んでいた人が聞きに行くと、来るのに5時間かかったので休憩させてくれとのこと。う〜んこりゃ誰も責められないわな。
というわけで、23:30過ぎに新橋駅を出発。とりあえず座れてゆっくりできたので時間かかってもいいや、と思ってWi-FiルーターをONにして、iPadのスイッチを入れた。これまでの一連をTwitterとFacebookに書き込み。ニュース等の情報もチェック。ひととおりやって、出発から20分ぐらいたっただろうか?バスはまだ新橋の高架をくぐれずにいた。全く微動だにしないが如き大渋滞。運転手さんの話だと、とにかく虎ノ門までがものすごく混んでいるが、そこを過ぎれば少しは流れるのではないか、とのこと。本当か?と思い道路交通情報を見ると、山手通りまで含めて都内は真っ赤っか!こりゃダメだ、と思い、半蔵門線-田園都市線が復帰・深夜運転との情報もあり、トイレに行きたくなったこともあってファミマが見えたので虎ノ門の手前で降ろしてもらうことにした。午前1時を回ったところだった。
バスの運転手さんは素晴らしかった。渋滞で動かない中ではあるが、停留所関係なく乗りたいと言う人を乗せ、降りたいという人を降ろす。トイレ休憩も言って下さいという。我慢できず降りる人には申し訳ございませんでした、と言う。全く頭が下がる。非常時に使命感を持ってやっているんだな、と思う。

トイレを済ませ、虎ノ門の交差点まで歩くと、まだ僕の乗って来たバスは交差点の手前にいた。完全に歩いた方が早い。まずは溜池まで歩く。当初赤坂から、来た時の様に斜めにショートカットして青山一丁目まで行こうと思っていたのだが、よく考えたら赤坂見附=永田町の方が近いじゃん!ということで赤坂見附を目指した。まぁ虎ノ門-赤坂見附なら大したことはない。普段でもよく酔っぱらって歩く距離だw でも来るときさんざん歩いているので結構ダメージは大きい。そんなこんなで1:30過ぎに半蔵門線永田町駅に到着。駅はガラガラ!あの渋滞からは想像できない。で、半蔵門線もガラガラで座れた。無事三茶に到着すると、世田谷線も動いていた。普段なら歩くのだが今日は歩き過ぎ!と思って迷わず乗る。そうして2時半前にようやく自宅に到着したわけだ。

帰ってすぐにポチッとしたのが、iPhoneの予備バッテリー。今回ほどiPhoneのバッテリー切れがうらめしかったことはない。災害時に何の役にも立たないのでは困る。というわけで、とても安かったのでiPhone 3G/3GS用 パワージャケット充電式バッテリー iMPS-06を購入。これは今日到着した。買う人は、マニュアルも何もないので注意。でもiPhone用の充電器でチャージできる。

こうして僕の3.11は終わった。だが、あの日からずっと非日常が続いている。地震はまだ沈静化するにしても、原発があんなことになるとは…そして計画停電…

ちなみに日曜日になって、下半身がバキバキに痛くなった。中一日遅れて来た。歳だなぁ。だけど有酸素運動的にはかなりになったのではないか、と思った。昨日(というか水曜夜)震災から臨時休業していたジムがようやく復帰したので行ってみた。体脂肪率を計ると、13.2%!それまでずっと15%台だったので、かなり効果があったようだ。やはり歩くのが一番効くらしい。

これからもしばらく非日常が続くだろう。いや、これが日常となるのか?それはまだわからないが、いずれにしても僕はこれからもこの東京で暮らしていくのだ。
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by Mark@m7|ReTweet by kenpapa9 | 2011-03-18 01:42 | 雑談
2011.3.11 僕の記録 その2
JR東の5新幹線が終日運休 首都圏在来線も - エキサイトニュース

15:45頃 渋谷にて都バス全面運休を通達され、徒歩にて移動を開始。宮益坂を登って青山通りに出る。後から考えれば六本木通りを行くべきだったw 正常な判断力を失っていたのだろう。あるいは銀座線が復旧するかも、と考えたのかもしれないが。
ここからiPhoneでTwitterとFacebookにつぶやきを上げながら移動。青山通りを赤坂方向に歩いていたが、多くの人とすれ違う。そうか、みんな帰ろうとしているのか。自分だけ逆方向。
SoftBankのアンテナ表示はほぼゼロ!青山通りなのに?だが3Gマークは点灯していて、電話はダメだがSNSは操れる。あとでわかったが、3Gが生きてたのでSkypeならば通話が出来たようだ。
つぶやきながら歩いていたら、あっという間に外苑前。でもあっという間は体感時間であって、実際は30分たっていた。
青山一丁目を越えて、豊川稲荷あたりにさしかかる。もうバスはあきらめて、ショートカットして溜池を目指そうと、iPhoneのマップを立ち上げ経路探索。旧コロムビア通りから脇道にそれてTBS脇をすりぬけて赤坂サカスへ。ここで1時間ちょっと。
溜池を抜けて外堀通りを虎ノ門方向へ。途中特許庁前でこんな光景が。
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窓ガラスがかなり割れている。明らかに耐震構造ではない古いビルだが、周りの新しいビルには全く被害がない。こんなに違うんだね、と実感。ただ、道中歩道のブロックがところどころ浮いていたので、やはり都心でもかなりの揺れだったんだろうな、と感じる。
そしてようやく、渋谷を出てから1時間35分ほどで新橋駅前SL広場に到着。さすがに一服したくなり、競輪場外売り場の上のビジョンに流れるニュースを観ながらタバコを吸う。

打合せの場に着いたときには、すでに打合せは終わっていたw 資料だけ受け取る。ただ夜からもう一つ仕事があるのでそれに備えることにした。高層ビルの29Fにあるオフィスには、エレベーターが止まっていたので行くのを断念した(^^;

そんなこんなでいると、mixiメッセージが入ったとメールでアラート。見てみると、電話もEメールもCメールも通じなかった友人から、元気ですとメッセージが。携帯が役に立たないときに、意外とmixiが使えるな、と思った瞬間だった。

さて、22時過ぎに仕事が終わり、家に帰ることにしたのだが、ここからがまた長かった。

つづく
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by Mark@m7|ReTweet by Kenpapa9 | 2011-03-14 19:40 | 雑談
2011.3.11 僕の記録 その1
社会総合 - エキサイトニュース

東北地方中心に、甚大な津波による被害を受けた皆様には、心からお見舞いを申し上げます。それに比べれば東京なんて大したことではないのだが、東京に住む人間としてはやはりそこには「都市機能」というものにフォーカスすれば「非日常」の世界が広がっていた。東京に住む人間としての一つの記録として、ここにブログを残しておこうと思う。

14時46分頃、僕は遅めの昼食を三茶のマクドナルドでパクついていた。ケチって単品のチーズバーガーとプレミアムローストコーヒーのSという¥240コース。で、食べ終わってタバコを一服しながらコーヒーを飲んでいた。そろそろ16時の打合せに向かって出ようか、と思ったときである。
グラグラグラ、あれ?地震?最初は周りの客も同様の反応。だがその揺れがだんだんと大きくなる。なんだこれは、大きいぞ、しかも直下型ではないな、震源が遠いのにこれだけってことは相当でかいぞ、という感じだった。ここまではどこか他人ごと。ところがさらに揺れはひどくなる。テーブル上の灰皿が落ちて大きな音をたてる。あわててタバコの火を消す。テーブルに潜り込む客も出てきた。窓の外を見ると、古い作りのエコー仲見世の看板が大きく揺れ、電柱もゆっさゆっさ揺れている。窓際の客が騒ぎだした「うわー窓ガラス割れて落ちた!」。間違いなくこれまで経験したことのない激しい揺れ、そしてダメ押しのように最後にドン!ときた。窓の外の電柱では何かがはずれて落ちた。そしてようやくおさまった。
おさまったので残りのコーヒーを飲んでいると、店員さんがやってきて「危険なのですぐに外に出て下さい」とのこと。これは思ったよりヤバいのか、と思い外に出ると、こんな状況だった。

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二階の一番大きな窓がはずれ
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下の道路に落下。幸いケガ人はなし。

すぐに携帯で家族に電話入れるも、全く通じず。これは、と思い、キャロットタワーの公衆電話に並び、何年かぶりにテレカを使って電話。ようやく家族の無事が確認できた。非常時は公衆電話と家電だな、と再確認。

直感的に地下鉄は動いていないな、と思った僕は、滑り込んできたバスに飛び乗った。これでとりあえず渋谷までは行ける。だが、道中も揺れが。「これはバスの揺れじゃないよな」とはっきりわかる余震を感じて、地震の大きさを実感。道玄坂上ぐらいに来ると、見たこともないぐらい人が道に溢れ出ていた。皆、建物の中が危険ということで外に出てきたようだ。中にはヘルメットをかぶっている人も大勢いた。

渋谷に着くと、さらに人が溢れ返っていた。電車が止まり、電車から降ろされ駅から追い出された人が大勢途方にくれていた。このときようやく仕事仲間に電話が通じ、今の状況を伝え、可能な限りそちらを目指す、ということを伝えた。僕は西口から東口に抜けて、新橋行きの都バスに乗ろうと列に並んだ。10分ほど並んだところで、係員が「只今、都交通局から都バスの全面運休の指令が来ました。復旧のメドはたっていません」という説明。あいたたた、バスもダメか。

僕は意を決して新橋まで歩くことを決意、宮益坂を登りだした。

つづく
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by Mark@m7|ReTweet by kenpapa9 | 2011-03-12 23:10 | 雑談
基礎の基礎が怖いってことを今日何度も言っておきます
偽計業務妨害容疑で予備校生逮捕 「合格のため一人で実行」 - エキサイトニュース

ネットに答えを求めた時点で「何たるお馬鹿さん、大学に行く資格無し!」と思ったが、逮捕されだんだんと事情がわかってくるにつれ、可哀想になってきた。我々の時代で言う所謂受験ノイローゼ、切羽詰まっての犯行のようだ。

だが問題は、この事件を指して「こういう人材が大学に必要なんじゃねぇの?」とか「クラウド時代の大学生はこうあるべき」なんつーふざけたtweetなりBlogなりが一部に見受けられたことだ。中には「カンニングはいけないが、創意工夫は素晴らしい」とか、わかった風の物言いをする人もいたりするが、そういう人は社会に出て「大学のなんたるか」をすっかり忘れてしまったとしか思えないね。

基礎の基礎が大事なんです。入試とは、その基礎を計る為の基準なんだということをも今日何度も言っておきます(初めてですがw)

よく言われることだが、日本の教育は記憶力が中心で、創造力を伸ばすようにできてない、なんてことを仰る人がいる。だが、プロのクリエイターとして長年やって来た自分が一番思うのは、クリエイティブな分野においてもプロとしてやっていくには基礎が一番大事なんだ、ということ。「感性が一番じゃね?」と思っている人は多いと思うが、感性だけでやっていてはよほどの天才でない限りプロとしては失格なのだ。何故か?クオリティにバラつきが出るからだ。

例えば音楽の世界。プロとしてやっていくには「理論」を身につけてないといけない(※注:これは必ずしも音楽理論を体系的に学ばなければいけない、ということではない。長年に渡りいい音楽を聴いてきて、自然と理論が身に付いてしまっている人もたくさんいる。要は音楽に於いて何をしていいか、何をしてはいけないか、が感覚的に解っている人だ)。
ちょっと昔の話になるが、素人なのに政治力だけでJ-POPの世界で楽曲を発表した人がいる。その曲は、サビの終わりでドミナントモーションを無視し、非常に不快なコード進行を使っていた。本人は「個性だ」と言いたげだったが、また周りも恐らく何も言わなかったんだろうが、明らかに素人丸出しの、しかも前衛音楽ならまだしも、J-POPというある意味コンサバなフィールドでそれを発表してしまったという点で、世紀の駄作となってしまった。(これを見て、勘のいい業界人の中には「あああれか」とわかる人も多いと思うが、黙っててね。恐いのでw)

例えば映像の世界。「イマジナリーライン」が解っていて、効果としてあえてドンデンに入るのと、何も知らずにあっちゃこっちゃから撮ったものをつなぐのでは全然違う。後者がたまたまものすごく格好よくなったとしても、それは理論を知らないから再現できない。次の作品では素人丸出しのものになってしまう。プロとして一定のクオリティの作品を作り続けていく為には、やはり基礎の基礎が大事なのだ。そして、その上に乗っかるクリエイティビティが、すごい人かそうでないかを決めるのだ。

で、大学にとって入試とは何か?それは、大学の授業が受けられる能力があるかどうかを計っているのだ。大学全入なんて言われてたから忘れられていたかもしれないが、大学ってのは最高学府なわけである。大学に入ると、あの入試を突破したんだからこのぐらいは解るよね、ってのが前提で授業が進むのだ。ひとつひとつの知識をググっている暇は、そこにはない。

正月にサンデル教授の白熱教室をNHK教育でやってた。2日だったから途中からだったが、食い入るように観てしまった。さすがはハーバードの学生、誰も教科書に目を落としている者はいない。そんな中、教授の発した問いに、学生達が丁々発止のディスカッションを展開する。当然学生達は、哲学・政治思想史や、法学の基礎知識があった上でないとこのディスカッションには参加できない。基礎があって、その上で意見を述べなければならない。

こうして、教育機関の中で唯一「自立して考えること」を訓練するのが大学という場である。高校までは暗記中心だけど、それは大学の授業を受ける為の「基礎」であって、大学に入って初めて自分で考えることを学ぶのである。自分で考えること、それはディスカッションからしか生まれない。

最高学府の役目は、将来日本を動かす人材を輩出することである。実際はそこまでいかない人が圧倒的多数な訳だが、その最高学府に入る為に資格が必要なのは当然のことである。それが入試なのだ。単なる就職へのパスポートではないのだ。

社会に出ると、自分一人で考えることの限界を知る。他人の言うことに耳を傾け、それを上手く取り入れることでいろいろいいように回っていくことを知る。それは大学では学べなかったことだ。それをもって、大学の授業は社会に出たら役に立たない、などという人もいるが、それは違う。社会に出たら、ネットワークでつながるのだ。だが、つながったサーバーや端末のCPUがどれも8ビットだったら、とんでもなく遅い、クオリティの低いネットワークになってしまう。大学はそのビット数を上げておいてくれているのだ。

ま、大学で何も学ばなかった者までとりあえず卒業させちゃうっていう悪しき慣習も日本の大学にあることも事実だけどねw

だから、入試で不正をして大学に入るということに、全く意味はない。京都大学では京都大学のレベルの基礎を持った学生しか生きていけないのだから。
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by Mark@m7|ReTweet by kenpapa9 | 2011-03-04 05:28 | 雑談